蝦夷共和国の旅
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榎本軍上陸地跡
明治元年、仙台で新撰組の土方歳三らと合流した榎本武揚が、箱館での戦闘を避けるために、さらに北へ迂回して上陸したのがこの地点です。近隣には鷲の木資料館があり、箱館戦争の資料を閲覧する事ができます。
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五稜郭
明治元年10月の上陸後、榎本軍は大鳥隊、土方隊の二手に別れて南下し、それから二カ月に渡り戦闘が繰り広げられました。結果、五稜郭は陥落し、榎本軍は箱館の攻略に成功しました。
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旧松前藩戸切地陣屋跡
箱館攻略後、榎本軍は松前藩の制圧に向かいます。北側からの攻撃を計る松岡隊の進軍により松前藩北部は陥落。駐在していた兵達は陣屋に火を放ち撤退しました。
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館城跡
松前城を追われた藩主松前徳広は館城へと後退、しかし榎本軍のさらなる攻撃により、館城は奪われ戦火の中に消失。松前氏は弘前へと逃れました。この瞬間、榎本軍は実質的に蝦夷地の制圧に成功したのでした。
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開陽丸
当時の榎本軍の快進撃を支えていたのが、この軍艦「開陽丸」です。オランダ製のこの船は、当時の最高水準を誇る性能を持ち、新政府軍にとって大きな脅威となるものでした。
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旧檜山爾志郡役所
蝦夷地制圧に成功した榎本軍は、その最強の艦である「開陽丸」を江差沖での座礁により失う事となります。この役所に駐在していた土方は知らせを受けると役所前の松に独り向かい、嘆いたといいます。
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土方歳三最期の地
開陽丸を失い勢力の落ちた榎本軍は徐々に後退し、ついに箱館へと追い込まれます。そして五稜郭での最期の戦いに敗北し、榎本軍は降伏。最期まで戦い続けた土方も、この地で銃弾に倒れるのでした。









